米国に留学していた頃の実話です。
各国の留学生で飲みにいった時のこと。
日本人:「このまえ、ステーキをごちそうになったんだが、KOBEビーフだったよ。
日本で食べたのより、ずっとうまかった。一番いい肉はアメリカに輸出されてる
のかな?」
ドイツ人:「トヨタ車もそうだろ、レクサスは輸出専用だっていうじゃないか」(当時)
スイス人:「なるほど、うちも同じだ。スイスチーズの一番美味しい高級品はNYに
輸出されてる。だから、スイスで味わうよりもNYの方がいいもんが手に入る」
コロンビア人:「なるほど、それはうちも同じだ。一番いいコカインはアメリカに・・・」
一同硬直。
367 名前:名無し物書き@推敲中?[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 21:00:27
ほんの200~300年前まで、ダイヤモンドは硬すぎて加工しにくく、宝石としては「三流の石」扱いだった。
16世紀、いちばん高価だったルビーと比べたら1カラットあたりの価格は、8分の1に過ぎなかったとか。
そんな日陰のダイヤが脚光を浴びるのは、17世紀になって、「ブリリアント・カット」が開発されてから。
しかし、ダイヤの価格は一定しない。
19世紀に入って、南アフリカで鉱山が次々と発見されるや、供給過剰となり、価格の暴落を招いた。
このとき巨大な資本を注入し、強引に鉱山を束ねて、市場を安定させたのが、ユダヤ人の
ロスチャイルド家だった。
そして、20世紀。「ダイヤモンド王」アーネスト・オッペンハイマーが登場する。
1880年、ドイツのタバコ商人の子として生まれた彼は、17歳でロンドンのダイヤモンド・ブローカーに
入社し、南アで原石の買い付け担当をしたのち、経緯はよくわからないが、金の採掘で得た資産を
元手に、1920年、ダイヤモンド業界に舞い戻り、原石販売のカルテルを構築する。
彼が歴史に名を残せたのは、過剰となりつつあったダイヤを「希少なもの」に見せかけ、高価格で
安定させることに成功したから。
その手腕は「限りなく詐欺師に近いビジネスマン」といわれた。
93年だったか94年だかに弟が小3の時に車に跳ねられて乗ってた自転車のカゴからGBが転げ落ちて、アスファルトで削られボロボロになったんだよ。
弟が病室でボロボロになったGB見て泣きながら電源入れたんだよ。
カチッ・・・ピコーン。
それでも起動すんのな、GB。
それを修理に任天堂に送って数日後、任天堂の人から電話があったらしいのな。
「あまりにも凄い事になってるから、原因を聞きたい」とかなんとか。
母が「息子が事故にあって」って言うと修理費はいらんと。
結局こっちが負担したのは送る時だけの送料だった訳だよ。
その時は「すげーなー」位の感想だったんだが、就職して社会とか商売ってのが少しずつ判りだしてから、子供相手の商売ってこう言う事なんだなと思った。
どこぞの偉いさんは、お子ちゃま向けと言ったが子供相手に商売するって事は、子供の後ろにいる親に商売するって事なんだよ。
この一件で一番驚いたのはメモに直筆で「○○君へ、車には気をつけてね。横井」とあった事なんだよ、
もしあの横井軍平さんならなんて皮肉なんだろうと思う。
任天堂のちょっと良い話 - WEBお笑いエンジニアの日記 (via pocopoko) (via biccchi) (via wrigley)
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泣ける
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(via lj7stkok)情報システムの世界で旧来から知られる「サラミ法」は例えば大量にある銀行口座からほんの少しずつ利息の端数を失敬してもわかりにくい、というような攻撃を指します。しかしインターネットがコミュニケーションを加速させたことにより、これまでなら対策をとるのがコストに見合わないような目立たない抜け穴のような業務処理があっという間に広がって想像よりも大きな影響を生むという現象が生まれました。
サラミ法の名前の由来はたくさんの皿に並べられた薄切りのサラミの盛り合わせから1枚ずつ抜いてきてもサラミは薄いからわかりづらい、というところから来ています。トンカツやハンバーグの場合、一切れ抜いたらすぐにわかってしまいます。ところがサラミを一人取る人がいたらあっという間に100人になる、という世界ではサラミ法のインパクトは絶大です。最初の数人の時点で対策しない限り、サラミが食い尽くされてしまうという恐ろしさがあります。
もしサービス元がサラミを食べた人に対して会員規約や法律に則って「あなたの行為は認められません」と主張することができない場合、サラミを食べた人から反対に「こちらの行為に不法性はない」と堂々とサービスの履行を求められるかもしれません。